子供の教育で悩んでいる保護者のために:その1

高専で担任をしていたときもそうでしたし,小学生向けの出前授業をしていると保護者の方からいろいろと悩み相談を受けるのですが,悩みの原因が保護者の方の誤解にあることも多々あります.少しでもそういう誤解をなくしていければいいなあと思い,いろいろとお話させて頂きます.

例えば小学校低学年の生徒さんに比の計算を教え,紀元前の人が月までの距離を求めた方法を紹介するときによくさせて頂くお話があります.比の計算は高学年で教わるものですが,まだ掛け算すらやっていない小1でも,順を追っていけば法則性が見出せることを実際に体験してもらった後に,こんな話をしました.

「このように,比の計算も順を追っていけば,もっというと類推が効くようになるまで例をたくさん挙げれば,必ず誰でも問題が解けるようになるんです.ですから,この問題が最初に解けなかったからといって間違っても「うちの子は頭が悪い」とか「センスがない」とか「才能がない」なんて思わないことです.そんな風に思ったらそんな大人こそ「頭が悪い」.そもそも頭がいい・悪いって何なんだということや,仮に頭が良かったらどうだって言うんだという遥かに重要な問題は一旦置いておいて,ここでは問題がすぐに解けない理由を説明します.3つほどあるんです.

 1つ目は,このように順を追っていないだけということです.解ける子はたくさん訓練を積んでいるので,順を追う部分がすっ飛ばせるようになっただけです.初めて車を運転してカーブするときは,ブレーキを踏んでサイドミラーを確認し,ウィンカーを付けてクラッチを踏んで…とか,いろんな動作を頭で考えながらやりますね.料理にしても,初めて料理したときや,慣れていないメニューを作るときなら今でも,いちいち段取りを確認しなければならないはずです.でも慣れてくれば何も考えずに体が動きます.問題を解くのも同じことで,ひとたび慣れて頭に回路が出来てしまえば体は自然に動きます.そうなるまで繰り返したか,特に短期間に集中して訓練を積んだか,ただそれだけのことです.何年間も掛けてゆっくりやっても回路はできませんからね.

 2つ目の理由は,単に必要な知識を知らないだけということです.当たり前ですが,知っているか知らないか,それだけの基準で頭がいいとか悪いとかいうのは馬鹿げています.記憶力がいい,くらいのことは言えるかもしれませんがそれにしたってたかがしれています.「知っている」だけで何かが決まるなら,僕ら人間よりコンピューターの方が圧倒的に優れています.学校の試験と違って仕事の場面ならパソコンや辞書で検索することも自由ですし,いい加減でうろ覚えな記憶でやるくらいなら,文献できちんと調べた方がいいくらいです.このように「知識があるかどうか」はあまり本質的なことではないんです.ちなみに頭がいいかどうか,僕はひとつの判断基準を持っています.それは「同じ過ちを繰り返さないかどうか」.やっちゃいけないとわかっているのに繰り返すこと,失敗から学ぼうとしないことを「頭が悪い」とか「バカ」と僕は考えているのですが,この定義からすると全人類ほとんどバカということになるんですけどね.恥ずかしながらもちろん自分も例に漏れません….何なのでしょうねえ,この「わかっちゃいるけどやめられない」感じ.

 さて最後の3つ目ですが,これが一番根本的なことなんですけど,そもそも興味がないということです.真剣に,そして順を追って考えればわかるんだけど,興味が全くないので考えない,これです.例えば,歌が上手いからといって皆が歌手を目指すわけではないですし,絵がうまいからといって皆が画家を志すわけでもありません.できる・できないとやる・やらないは全然別の話ですよね.それと同じで「ただやりたくないだけ」という人がほとんどなんです.考えてもみて下さい,大人の僕らだって面倒な計算ドリルはやりたくないですよね.頑張って計算したら面白いことがわかるって言われたって,ゴリゴリ計算する物好きはいません.数式が入った科学書がそう売れることがないことが,そしてそういった本を書いている科学者が特にお金持ちでないことが,それを証明しています.勉強は大変かもしれないけれども,その先に何か凄い世界が待っているかもしれないと薄々気付いている大人ですらそうなんですから,子供たちが自主的に勉強し出すとか,難しい問題をジッと考え続けるなんてことは普通あり得ないんです.考える子は,ただそれが好きだっただけです.ゲームを面白いと思うように,サッカーや野球を面白いと思うように,問題を解くのが面白かっただけです.完全に好みの問題であって,才能がどうこうという問題ではありません.」

単なる誤解から生じる悩みなら解消できると思います.次回は「やる気」とは何かについて書きたいと思います.